忍者ブログ

図書館の桜

 四月になると学生さんが溢れかえってしまうので、今のうちにと大図へ行けば、ちょうど桜がいい具合でした。
 風に吹かれてあたりが風雅な雪景色になるのも乙なものですが、ただなにもないところを音もなく花びらが回転しつつ降ってくる中に立ちつくしてぼんやりと見上げているというのも、よいものです。おつきのカメラマンがいれば、ぜひ撮るようにと言っていたことでしょう。
 雪景色の方は留学生が思わず立ち上がって携帯電話で写真を撮っていました。あれはそうするべきものでした。
 
 本を一冊読めば、少なくとも五冊、もしくは、少なくとも二人は追加で読む本が増えます。次から次へとリストが膨れあがっていくのは、その果てしなさに立ちつくさざるをえませんが、それらを読んでいくということはよろこばしいことです。
 
 天候がよろしくないということで、花見をやめて屋内会食へと変更になった大学時代のサークルの集まりは楽しいものです。新社会人の船出を祝い、政治経済について大いに議論し、本の情報が飛び交う。余計な手加減をせずに話ができます。
 いわゆる電子書籍もいいのだろうけれど、やはり線を引いたりいろいろと書き込みながら読むのが楽しい。楽しいと言うよりも、のんびりと線を引く、その行為そのものが快楽である。――そんなことを電子書籍な話を振れられて答えた後に、万年筆がいいよと熱く勧めたりもしますし、「《アルティメットまどか》とか《概念まどか》とかみなさん言っているけれど、あれは人格神なの? それとも、ただたんに概念・メカニズムなの? ねぇ、どっちなの?」と問うて、「ほむほむにとっては人格神ということは言えると思います。それ以上のことはご自分で視聴して確認してください。変な回答をして、あとで噛みつかれたくないですから」と才女のTさんが答えたり、佐久間まゆという子がかわいいと思うんですよと言ったら、「なんで知ってんですか!?」とえらく驚かれたりと、たいへんに楽しい場です。即時かどうかはともかくとしても、アンテナはとりあえず張っています。
 
 重い、歯応えのある、ごつい、そういう形容をかけるべき本――場合によっては、四時間かけて五十ページ読めるか読めないかというようなものも――を多く読んでいると、そこに潜む果実をなんとかして若い人々に渡すことができないだろうかと思うものです。
 
 ここしばらくは御無沙汰でしたが、いくつか作り話も書こうと思います。
 
 
 
PR

コメント

現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。

profile

Hikari Miito

search

Mail Form