忍者ブログ

最近の記録

部分部分はいいんだけどというのがざっくりとした感想です。

野矢茂樹『心という難問 空間・身体・意味』
 
 『語りえぬものを語る』でおなじみの野矢さんです。
 
 眺望点の導入、W=f(a,b,c,d)(世界(認識)は、関数である。メモを取っていないので、a~dの詳しい説明を忘れましたが、身体状況とか位置情報とかそういうものだったと記憶しています)、この2点はおもしろいんですが、真ん中あたりから無理くりというように私には感ぜられました。
 
 
 
佐々木敦『未知との遭遇【完全版】』
 
 佐々木さんのファンの方は追加分があるので読むといいように思われます。
 
 
彬子女王『京都 ものがたりの道』
 
 エッセイはいいんだけど、地図について、かゆいところに届いてないという感じがとします。編集、がんばれ。
 
 
一川誠『「時間の使い方」を科学する』
 
 内容が薄い。想像していたよりもはるかに薄い。





PR

Whyを書く

ティモシー・スナイダー『ブラックアース』、池田年穂、慶應義塾大学出版会


 上下巻。
 公文書館をはじめとする様々なところからかき集められた記録や証言に基づいて、分析し事細かに書かれている本。
 
 有用そうな点をざっくりと書き出すとだいたい次のような感じ。

・アウシュビッツはホロコーストの象徴のような扱いをされているが、殺害された者の大半は戦争末期の強制収容所で殺されたのではない。

・国家、主権、組織などが破壊された地域でホロコーストは起こる。・市民権の喪失、剥奪。(守る主体、守られる理由が消えているという条件)

・「二重の占領」(ドイツ→ソ連、場合によっては、ソ連→ドイツ→ソ連) (これによって、主権は壊滅させられる。また、住民は、一つ目の占領に服していたことを雪ぐために、二つ目の占領に従順になる)

・(奇妙な)論理展開を学ぶ(どういう理屈で、反ユダヤ主義・民族主義・宗教などのイデオロギー等を利用したのか)



>>
たぶん、我々は将来の災厄の何かに遭遇したら救助者になることを想定していよう。けれど、国家が破壊され、地元の組織が崩壊し、経済的な誘因(インセンティヴ)が殺害へと向かわせるときに、我々のなかで立派に振る舞える者はほとんどいまい。我々が一九三〇年代、一九四〇年代のヨーロッパ人にくらべて東独的に優れているとか、ついでにいえば、ヒトラーがあれほどうまうまと普及させ実現させた考えに対し付けいれられる隙が少ない、などと考える理由はまずなかろう。仮に我々が真摯に救助者を見習おうと考えるなら、我々は予め、我々がそうできる可能性を寄り高める政治的な構造を築いておかねばならない――よって、こうした広い意味での救助は、伝統的な政治に挑戦して先例のない犯罪への未知を拓いた思考法を、しっかりと把握することを必要とするのだ。
<<



気になること

『瑠璃宮夢幻古物店』 の4巻が出回っていますよ。
 4巻の見所は「いい歳したツインテール」ことゆかりの表情だと私は思います。
 
 あらためて気になるのが、1巻で貴子が要に「青木」と名乗ってるのは、たんなるミスなんですよね? ですよね?
 

いろいろしょうがないのかなとも思う

本ではなく映画

「ヒトラー ~最期の12日間~」

どこかにおいては、総統閣下シリーズという方が通じやすい、この作品。
Amazonで見る。
タイトルは日本向け。実際は、首脳部近辺の人々の動向。

ドイツ問題

メイヤスー『有限性の後に』

profile

Hikari Miito

search

Mail Form